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札幌高等裁判所 昭和51年(ネ)227号 判決

控訴人

猪股力男

被控訴人

木下勝美

右訴訟代理人

芝垣美男

外一名

主文

原判決を取消す。

被控訴人は、控訴人に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和四九年九月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、第一、二審共被控訴人の負担とする。

この判決は、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一控訴人の主位的請求について

(一)1  室蘭市港南町一丁目二番二の宅地五〇七平方メートル即ち本件土地が昭和四八年一二月頃控訴人と被控訴人との各持分を二分の一とする共有であつたことは、当事者間に争いがない。

2  本件土地が控訴人と被控訴人との共有になつた経緯として控訴人主張の事実即ち請求原因1の(2)の事実中、控訴人の中田栄子外一名に対する支払金一七〇万円中金八五万円の支払が被控訴人の委託に基づく立替払であることを除いてその余の事実は当事者間に争いがない。右金八五万円の支払が被控訴人の委託による立替払であつたとの点については、〈証拠〉にこれに添うような部分があるが、これは、〈証拠〉に照らすとたやすく措信することはできず、他にこの点を認めるに足りる証拠はない。却つて〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、本件土地が控訴人と被控訴人との共有になつた経緯は、次のとおりであつたことが認められる。

本件土地は、もと訴外小林美都子の所有名義で訴外小林重雄の所有であつたが、右小林重雄は昭和四八年三月頃控訴人及び被控訴人の両名に対し、本件土地を代金五〇万円位で他に売却してほしいと頼んだ。当時控訴人も被控訴人も共に、天谷不動産という不動産会社に勤めていた同僚であつた。前判示のとおり、被控訴人が中田栄子外一名に本件土地を売却したのは、右のような事情によるものであつたが、被控訴人は、その売却代金一七〇万円の中から金六五万円を前記小林に支払い、その残りの中から控訴人に対し少くとも金二〇万円を分配した。同年六月末頃、控訴人と被控訴人は共に天谷不動産を退職して同年七月下旬頃、共同して不動産取引業を営むことを目的とする太閣企業株式会社(以下「大閣企業」という。)という会社を設立し、被控訴人がその代表取締役社長に、控訴人がその専務取締役にそれぞれ就任し、右会社経営によつて挙げる利益は折半することを約した。ところで前判示のとおり、被控訴人が中田栄子外一名から本件土地売買代金の返還を求められたのは、右会社設立後の同年九月二八日頃であり、それは内容証明郵便によるものであつたが、これには同年一〇月末日までに売買代金を返還しなければ被控訴人を詐欺罪で告訴する旨記載されていた。しかし当時被控訴人には右期限までに右売買代金を返還する資力はなかつた。その頃、被控訴人の自宅兼右会社事務所で、被控訴人から右内容証明郵便を見せられた控訴人は、設立後間もない右会社の社長である被控訴人が中田栄子外一名から詐欺罪で告訴されてそれが世間に知られれば、右会社の信用を損い向後の営業に支障が生ずる虞があると考えたので、自ら進んで被控訴人と共同で中田栄子外一名に前記売買代金一七〇万円を支払つて本件土地を買戻すことにした。それで控訴人は、その頃被控訴人から、訴外佐々木某が代表者である共栄地所という会社が振出し、被控訴人が受取人になつている金額八五万円の約束手形一通の交付を受けて、これを控訴人がかつてその代表取締役をしていたことのある訴外職域信用融資株式会社に割引いてもらつて金八五万円を調達し、これと控訴人出捐の金八五万円とを合わせた金一七〇万円を同年一〇月三一日に中田栄子外一名に支払つた。そして領収証は控訴人宛てのものを徴した。控訴人は、右支払をなすに先き立つて、被控訴人との間で、買戻後は、本件土地を控訴人と被控訴人との共有にする旨の約束を取交わした。かような次第で本件土地は控訴人と被控訴人との共有になつたものである。

(二)  被控訴人が、昭和四八年一二月頃、東陽不動産と北成商工から、その各振出に係る金額各一〇〇万円の約束手形一通をいわゆる融通手形として振出を受けたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、北成商工振出の右手形の満期は同年一二月三〇日であり、東陽不動産振出の右手形の満期は昭和四九年一月三〇日か三一日であつたこと、被控訴人は、右融通手形の振出を受けるにあたり東陽不動産及び北成商工との間において、被控訴人が右各手形の満期の前に東陽不動産及び北成商工に対し手形決済資金として手形金額と同額の金員を支払うことを約したことが認められる。而して被控訴人が右融通手形の振出を受けた際、控訴人の承諾のもとに、東陽不動産及び北成商工との間に、被控訴人の右手形決済資金支払債務の担保のため、若し控訴人が右支払債務を履行しないときは本件土地の所有権を右両会社に対し移転する旨を約したことは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、その際被控訴人は右両会社に対し、当時本件土地の登記簿上所有名義人であつた中田栄子外一名の白紙委任状、印鑑証明書、権利証等の所有権移転登記に必要な書類(控訴人が中田栄子外一名に、前述のとおり金一七〇万円を支払つたときに同人らから受取つたもの)を交付したことが認められる。而してその後、被控訴人が、右各手形の満期になつても右訴外各会社に対して右各手形の決済資金の支払をしなかつたので、北成商工振出に係る手形は不渡りになり、東陽不動産指出に係る手形については東陽不動産が自ら資金手当をして満期当時の所持人である細川満郎に対して手形金を支払つたこと、そこで、東陽不動産は、その頃右約による担保権の実行として本件土地を自己の所有とする手続を履み、本件土地につきその名義に所有権移転登記を経由したので本件土地が確定的に東陽不動産の所有になつたことは当事者間に争いがない。

(三)  ところで、(一)の2に認定したとおり、控訴人が被控訴人に対し、その主張の如き立替払をしたことを認めるに足りる証拠はなく、従つてその主張の如き求償債権を有したものとは認められないが、(二)で認定の事実によれば、控訴人は被控訴人の委託により、被控訴人の前記訴外両会社に対する債務の担保として本件土地についての控訴人の二分の一の持分権を提供した一種の物上保証人であり、東陽不動産によるその担保権実行に因り本件土地についての右持分権を喪失したものというべきであるから、民法第三七二条、第三五一条、第四五九条二項、第四四二条二項の規定の類推適用により、被控訴人に対して、本件土地についての二分の一の持分権の価格(若し被控訴人が東陽不動産から清算剰余金の返還を受け控訴人がその分配に与かつたとすればこれを控除すべきだが、被控訴人が東陽不動産から、清算剰余金の返還を受けていないことは後に判示するとおりである。)、被控訴人が免責を得た日以後の法定利息、避けることのできなかつた費用及びその他の損害の賠償として、然るべき金額の求償金の支払を求める権利を取得したものといわなければならない。因みに、〈証拠〉によれば、控訴人は、太閣企業の経営上、被控訴人のやり方に不明朗なところがあるとして、昭和四九年二月二八日に太閣企業の専務取締役を辞任し、被控訴人と袂を分かつに至つたことが認められる。

ところで、控訴人が被控訴人に対して、その責任を追及したところ、昭和四九年四月中旬頃、被控訴人から控訴人に対して金一〇〇万円を支払うとの申込があり、控訴人がこれを承諾し、これによつて控訴人と被控訴人との間の一切の紛争を解決する旨の和解契約即ち本件和解契約が成立したことは、当事者間に争いがない。而して〈証拠〉によれば、本件和解契約において、被控訴人が控訴人に支払うことを約した和解金一〇〇万円は、実質的には、控訴人が前判示のような経緯で本件土地についての二分の一の持分権を喪失したことに因つて被控訴人から支払を受け得るに至つた前段判示の求償金であつたと認められる。なお、付言すれば、右金一〇〇万円の支払約束はそれが和解契約としてなされたものである以上、仮令、本件土地についての二分の一の持分権の客観的な価格がいか程であつたにせよ、それによつて、右支払約束の効力が左右されるものでないことはいうまでもない(民法第六九六条参照)。

(四)  そこで被控訴人の抗弁について判断する。

1  〈証拠〉によれば、本件和解契約における金一〇〇万円の支払約束については被控訴人が東陽不動産から金一〇〇万円を受取つたからこれを控訴人に支払う旨の特約があつたものと認められる。右認定に反する証拠はない。

2 ところで、被控訴人は、右特約は金一〇〇万円支払についての停止条件である旨主張し、控訴人は、右特約は、給料をもらつたら借金を返すという約束の類のものであつたと主張するので、この点を考えてみる。

(1)  凡そ他から金員の支払を受けたならば、金員を支払う旨約した場合、他からの支払受領の事実をもつて債務履行の条件と解すべきか、それとも債務の履行猶予の不確定期限と解すべきかについては、約束者が他から支払を受けることのできないことが事実上確定した場合を想定し、この場合についても約束当事者の意思は金員の支払約束を履行すべきものとするにあると認むべき合理的な理由があるときは、これを不確定期限と解するのが相当であり、然らざるときは、これを履行条件と解するのが相当である。それで右のような不確定期限の特約においては、他から支払を受けることができないことが事実上確定したときには、右期限が到来したものとする趣旨が当然にこれに含まれているものと解すべきことになる。以上のような解釈は正義と衡平の観念にも合致する。

(2)  そこで、右の見地に立つて本件をみるに、本件和解契約において、被控訴人から控訴人に対して支払うことを約した和解金一〇〇万円は、実質的には、控訴人が前認定のような経緯で本件土地についての二分の一の持分権を喪失したことに因り、被控訴人から支払を受け得るに至つた求償金であると認められることは前判示のとおりであり、そうだとすると、本件和解契約において前示のような特約をした控訴人及び被控訴人の意思は、仮令被控訴人が東陽不動産から金一〇〇万円の支払を受けられないことが事実上確定した場合であつても、本件和解契約による前記金一〇〇万円の支払約束はこれを履行すべきものとするにあつたと認めるのが合理的であり、従つて前記特約を、前記和解金一〇〇万円支払のための停止条件と認めることはできず、前記特約はまさに、給料をもらつたら借金を返すという約束の類であつて、前記和解金一〇〇万円の支払猶予のための不確定期限であつたと認められる。

3  進んで控訴人の再抗弁について考えてみる。

(1) 本件和解契約における前判示の特約は、本件和解契約による和解金一〇〇万円の支払猶予のための不確定期限であると解すべきことは前段判示のとおりであるが、そうだとすると、2の(1)で判示したところにより、若し被控訴人が東陽不動産から右特約にいう金一〇〇万円の支払を受けることができないことが事実上確定したときは、控訴人は被控訴人に対して右期限が到来したものとして本件和解契約による和解金一〇〇万円の支払を求めることができるものといわなければならない。

(2) そこで、先ず被控訴人は東陽不動産から金一〇〇万円の支払を受けることができたか否かについて考えてみる。

ⅰ 控訴人は、被控訴人が北成商工から振出を受けた前記融通手形が満期に不渡りになつたため、被控訴人は東陽不動産から振出を受けた前記融通手形についてその決済資金の手当ができず、その結果控訴人主張のような経緯により本件土地が確定的に東陽不動産の所有となつてしまつたところ、北成商工振出の手形の不渡りについては東陽不動産に責任があるので東陽不動産に対して損害賠償として金一〇〇万円を請求することにした旨主張し、恰も東陽不動産に対して金一〇〇万円の損害賠償債権を有していたかの如く主張する。しかし被控訴人の右主張は被控訴人の東陽不動産に対する損害賠償債権の発生原因事実の主張としては主張自体不充分であり、証拠上も被控訴人が東陽不動産に対して金一〇〇万円の損害賠償債権を取得したことになるような事実関係の存在はこれを窺うことができない。

ⅱ 〈証拠〉によると、被控訴人が前述のとおり、訴外両会社から前記融通手形の振出を受けた直後の頃、北成商工は、事実上、東陽不動産に吸収合併されたことが認められ、また〈証拠〉によると、被控訴人は北成商工振出の前記手形をその満期当時の所持人であつた前記細川満郎から受戻して現にこれを所持していることが認められるが、仮令このような事実があるとしても、前記(二)の事実関係によれば、被控訴人が東陽不動産に対して、北成商工振出の前記約束手形の手形金の支払を求める権利を有しないことは明らかである。

ⅲ 本件和解契約締結当時の本件土地の時価について考察してみるに、それが正確にいか程であつたかを認めるに足りる証拠はないが、前認定の事実、就中、昭和四八年三月頃の前記小林重雄による本件土地の売却代金が六五万円であつた事実、被控訴人が同年同月中田栄子外一名に対し本件土地を代金一七〇万円で売却したが、中田栄子外一名から、本件土地は崖地であつて利用価値がないから売買代金を返還するようにと、詐欺罪による告訴予告をもつて強硬に迫られたため、同年一〇月頃控訴人と被控訴人とが共同で中田栄子外一名に右売買代金一七〇万円を支払つて本件土地を買戻さざるを得なかつた事実、その後、前判示のような経緯で本件土地が東陽不動産の所有に帰した事実並びに後示(3)の事実を総合すると、本件和解契約の締結された昭和四九年四月中旬当時の本件土地の時価は金一〇〇万円前後のものであつたと推認できる。〈証人〉は本件土地の右時価につき金二〇万円位であつたと証言しているが、これは余りに低すぎて措信できない。〈証拠〉によると、被控訴人は本件土地の右時価につき、金一〇〇万円を相当大きく上まわるものと考えていたことが窺われるが、これによつて直ちに右認定を動かすことはできず、他に右認定を左右すべき証拠はない。

右のとおりであるから、被控訴人が東陽不動産に対して、東陽不動産が前記担保権の実行として本件土地所有権を取得したことに伴う被担保債務清算後の清算剰余金の支払を求めても、これに成功する可能性は極めて乏しかつたものと認めざるを得ない。

(3) ところで〈証拠〉によれば、被控訴人は、本件和解契約締結後の昭和四九年六月頃東陽不動産の代表者である及川靖夫に面会し、同人に対し被控訴人としては金二〇〇万円の借入れの担保として差入れた本件土地を金一〇〇万円で取得されたのであるから金一〇〇万円を支払うよう請求したこと、しかし及川靖夫は、東陽不動産振出の前記手形を東陽不動産で決済したのであるから本件土地の所有名義を東陽不動産に移転したのは当然であり、且つ本件土地はその殆んどが崖地であつて一〇〇万円の価値がない土地であるから被控訴人に対する清算剰余金の支払分はないとして被控訴人の請求に応じなかつたこと、それで被控訴人はその頃芝垣美男弁護士に対し、東陽不動産に対する金一〇〇万円の損害賠償ないし清算剰余金の請求を依頼し、同弁護士が同年七月頃東陽不動産に金一〇〇万円を請求する旨の内容証明郵便を出すなどもしたが東陽不動産はこれにも応じなかつたことが認められ、その後、被控訴人が東陽不動産に対し前記損害賠償ないし清算剰余金の支払を求めた形跡や、将来右支払を求めようと考えている形跡は、証拠上全く存せず、弁論の全趣旨からもこれを窺い得ない。

(4)  右認定のとおりとすると、被控訴人が東陽不動産から金一〇〇万円の支払を受けることについては、遅くとも昭和四九年八月末頃にはそれが不可能であることが事実上確定したものと認めることができるから、本件和解契約による被控訴人の控訴人に対する和解金一〇〇万円の支払債務は、遅くとも昭和四九年八月末日をもつて弁済期が到来したものいわなければならない。

(五)  以上のとおりとすると、控訴人が被控訴人に対し、本件和解契約の履行として前記和解金一〇〇万円及びこれに対する履行期の経過後であつて本訴状が被控訴人に送達された日の翌日である昭和四九年九月三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の主位的請求は理由があるからこれを正当として認容すべきである。

二結論

よつて、控訴人の本件主位的請求を失当として棄却した原判決は不当であるから、民訴法三八六条に則り原判決を取消したうえ控訴人の右主位的請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(宮崎富哉 塩崎勤 村田達生)

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